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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)8429号 判決

原告

松島正男

原告

松島ヒサエ

右原告両名訴訟代理人

山下豊二

森賢昭

根岸隆

村上誠

兒島惟富

戸田満弘

被告

海洋産業株式会社

右代表者

浜本元市

被告

小野海運有限会社

右代表者

小野義勝

被告

小野義勝

右被告三名訴訟代理人

佐藤恭也

主文

一  被告海洋産業株式会社及び同小野義勝は各自、原告松島正男に対し、金二一一八万八六二四円及びうち金一九六三万八六二四円に対する昭和五三年一二月八日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を、同松島ヒサエに対し、金一一七四万六五七二円及びうち金一〇七九万六五七二円に対する同日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの、被告小野海運有限会社に対する請求及び前項記載の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の三分の二と被告海洋産業株式会社及び同小野義勝に生じた費用を同被告両名の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告小野海運有限会社に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら代理人は、「(一)被告らは、各自、原告松島正男に対し、金二四八九万〇六九四円及びうち金二二六三万〇六九四円に対する昭和五三年一二月八日から右支払ずみまで、うち金二二六万円に対する昭和五八年八月一三日から右支払ずみまで各年五分の割合による金員を、同松島ヒサエに対し、金一四八五万二五七八円及びうち金一三五〇万二五七八円に対する昭和五三年一二月八日から右支払ずみまで、うち金一三五万円に対する昭和五八年八月一三日から右支払ずみまで各年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二  被告ら代理人は、「(一)原告らの請求をいずれも棄却する。(二)訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者の主張

一  原告ら代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

1  事故の発生

(一) 原告松島正男(以下、「原告正男」という。)は、後記本件事故当時、

船種船名 漁船正栄丸(以下、「正栄丸」という。)

漁業種類 底曳網漁業、刺網漁業、曳網漁業

主たる根拠地 三重県一志郡香良洲町

総トン数 9.55トン

推進機関の種類・馬力 ディーゼル機関六〇馬力

進水年月 昭和四八年一一月

を所有し、亡松島政成(以下、「政成」という。)と共に同船に乗組み漁業に従事していた。

(二) 原告正男及び政成は、昭和五三年一二月七日午後五時ころ、三重県一志郡香良洲町所在香良洲港を出港し、漁場調査に赴き、後記本件事故時である同月八日午前零時すぎごろ、同県志摩郡麦埼沖海上においてびよう泊していた。

(三) 右八日午前零時すぎころ、折から右同海上を潮岬方面に向つて航行してきた

船種船名 汽船進宏丸(以下「進宏丸」という。)

船籍港 高知県幡多郡大月町

船質 鋼

総トン数 491.51トン

純トン数 262.52トン

機関の種類・数 発動機一個

推進器の種類・数 ら旋推進器一個

進水年月 昭和四三年三月

は、正栄丸左舷に衝突した(以下、「本件事故」という。)

(四) 本件事故の衝撃により、政成及び原告正男は、正栄丸から海上に落下し、政成は行方不明となり、その後死亡したものと認定された。

2  責任原因

(一) 被告小野義勝の責任原因(民法七〇九条)

(1) 被告小野義勝(以下、「被告義勝」という。)は、進宏丸の船長であり、同船を操船していた。

(2) 本件事故は、夜間、進宏丸において、布施田水道に向け西行中、前路に漂泊ないしびよう泊する他船の白灯を認めた場合、同船船長である被告義勝としては、早期に他船から十分に遠ざかる進路をとる注意義務があるのに、これを怠り、著しく接近してから避航の措置をとつた過失により発生したものである。

(3) よつて、被告義勝は、民法七〇九条に基づき、本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告小野海運有限会社の責任原因(商法六九〇条)

(1) 被告小野海運有限会社(以下、「被告小野海運」という。)は、進宏丸を所有するものである。

(2) 本件事故は、同船船長である被告義勝が同船を運航中前記過失により、惹起されたものである。

(3) よつて、被告小野海運は、商法六九〇条に基づき、本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。

(三) 被告海洋産業株式会社の責任(商法七〇四条一項)

(1) 被告海洋産業株式会社(以下、「被告海洋産業」という。)は、本件事故当時、同小野海運との間で進宏丸について定期傭船契約を結び、同船を運航していた。

(2) 本件事故は、同船を運航中、その利用に関し、同船船長被告義勝の過失により発生したものである。

(3) よつて、被告海洋産業は、商法七〇四条一項に基づき、本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  本件事故における原告側の過失

本件事故の原因は、進宏丸側における右2の(一)の(2)の過失によることは明らかであるが、正栄丸側においても、夜間布施田水道東口の航路筋付近で漂泊ないしびよう泊する場合、見張りを十分して接近する他船に対して警告信号を行い、又は、衝突の危険を避けるために適切な措置をとるべき注意義務があつたところ、これを怠り、見張り不十分で接近する他船に対して警告信号を行わず、また、衝突の危険を避ける措置が不適切で進宏丸の前路に進出した過失が、事故発生の一因となつていることは否定できない。その過失割合は、正栄丸の五〇倍の大きさで全速力で航行中の進宏丸と漂泊ないしびよう泊中の正栄丸との衝突という本件事故態様からして、大型で速力があり操船しやすい進宏丸が予め衝突を避けるべく転舵すべきであつたことを重視すべきであるが、少なくとも、正栄丸側の過失割合は五割を超えることはない。

4  当事者(相続関係)

原告正男は、亡政成の父、原告松島ヒサエ(以下「原告ヒサエ」という。)は母であり、原告両名が亡政成の相続人であり、亡政成の前記損害賠償債権を相続した。

5  損害

(一) 政成の遭難、死亡に関する損害

(1) 政成の逸失利益

① 政成(昭和二六年四月二八日生)は事故当時二七才の健康な男子で、正栄丸に乗組み漁業に従事し、その水揚利益の三分の一を得ており、その年間所得は、二七八万七〇〇〇円であつたところ、本件事故で死亡しなければ、なお同地方の他の船主同様七〇才まで四三年間就労することが可能であり、また、その生活費は収入の三分の一程度と考えられるから、政成の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して死亡時の時価を求めると四二〇一万〇三〇九円となる。

(算式)

278万7000×2/3×22.6105=4201万0309

② 政成の相続人は、その父母である原告正男及び同ヒサエの二人のみであつて、他に相続人はいないから、原告らは、政成の右逸失利益に相当する損害賠償請求権を法定相続分に従い、それぞれ二分の一である二一〇〇万五一五四円(円未満切捨て)を相続により取得した。

(2) 葬儀費用

原告正男は、葬儀費用として一〇二万円を支払つた。

(3) 慰謝料

本件事故により死亡するに至つた政成及び原告らの精神的苦痛を慰謝するには、本人の慰藉料の相続分を含めて、原告それぞれについて六〇〇万円が相当である。

(4) 捜索救助費用等

原告正男は、政成の救助捜索作業に要した費用として一二三万三六九〇円及び転覆した正栄丸の船体復原曳航等の作業に要した費用として九〇万二〇二二円支払つた。

(二) 正栄丸の破損に関する損害

(1) 物損

① 船体修理及び主機関換装費用

原告正男は、正栄丸の船体修理に要した費用として二八六万四五二〇円及び主機関換装に要した費用として六四九万四〇〇〇円支払つた。

② 属具及び漁具類滅失による損害

正栄丸には、属具類として、小型漁船用レーダー(一〇インチ一〇KW、事故時価格二〇〇万円、以下同じ。)、中型魚群探知機(中形OKIGS―3型、五〇万円)、小型魚群探知機(小形スズキES―一〇一型、二一万円)、無線機(フルノDR・2―2型、四二万円)(以上、属具類計三一三万円)及び漁具類として、保冷箱五箱(一三万五〇〇〇円)、豆板網二統(八万円)、酸素ポンプ一本(七万円)、ワイヤー一式(二万六〇〇〇円)、工具一式(二万五〇〇〇円)(以上漁具類価格計三三万六〇〇〇円)を備付けていたが、本件事故により、これらを失つた。

(2) 休業損害

原告正男が、正栄丸により漁業に従事して得る一日当りの操業利益(水揚高から経費及び政成に対する手当を控除したもの)は、一万六三八一円であつたところ、本件事故により、同人は、本件事故の日である昭和五三年一二月八日から正栄丸の修理が出来た同五四年四月二五日までの一三九日間休業を余儀なくされ、二二七万六〇〇〇円の休業損害を蒙つた。

(三) 小計

以上を小計すると、原告正男は、相続分と固有の損害を併せると、右(一)の(1)の②、(2)ないし(4)、(二)の(1)及び(2)の合計額四五二六万一三八七円に、前記3で述べた五割の過失相殺をすると二二六三万〇六九四円の損害賠償請求権を有し、同ヒサエは、相続分と固有の損害を併せると、右(一)の(1)の②及び(3)の合計額二七〇〇万五一五五円に、前同様五割の過失相殺をすると一三五〇万二五七八円の損害賠償請求権を有していることになる。

(四) 弁護士費用

原告両名は、被告らが損害金を任意に弁済しないため原告ら代理人に委任して本訴訟を提起せざるを得なくなつた。その弁護士費用は、原告正男につき二二六万円、同ヒサエにつき一三五万円とするのが相当である。

6  本訴請求

よつて、原告正男は、被告ら各自に対し、右5の(三)、(四)の合計額二四八九万〇六九四円及びうち弁護士費用を除く二二六三万〇六九四円に対する本件事故の日である昭和五三年一二月八日から右支払ずみまで、うち弁護士費用の二二六万円に対する判決の翌日である昭和五八年八月一三日から右支払ずみまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、同ヒサエは、被告ら各自に対し、右5の(三)、(四)の合計額一四八五万二五七八円及びうち弁護士費用を除く一三五〇万二五七八円に対する本件事故の日である昭和五三年一二月八日から右支払ずみまで、うち弁護士費用の一三五万円に対する判決の翌日である昭和五八年八月一三日から右支払ずみまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告ら代理人は、請求の原因に対する答弁及び被告らの主張として、次のとおり述べた。

(答弁)

1 請求原因1の(一)記載の事実は知らない。(二)記載の事実のうち、正栄丸が出港した日時場所は知らない、同船が漁業調査に赴いたものであること及び本件事故当時びよう泊中であつたことは否認する、その余の事実は認める。(三)及び(四)記載の事実は認める。

なお、本件事故の態様及び原因は、後記(主張)記載のとおりである。

2 請求原因2の(一)の(1)、(二)の(1)、(三)の(1)各記載の事実は認める。(一)の(2)記載の事実のうち、進宏丸が避航の措置をとつたことは認め、その余の点は争う。(一)の(3)、(二)の(2)、(3)、(三)の(2)及び(3)各記載の点は争う。

3 請求原因3記載の事実のうち、正栄丸側に過失があつた旨の自白を認め、有利に援用する。

4 請求原因4記載の事実のうち、原告正男が政成の父であり、同ヒサエが同人の母であることは認める。

5 請求原因5記載の事実のうち、(一)の(1)の②の原告正男及び同ヒサエが政成の父母であること及び(四)記載の、被告らが任意に弁済に応じないこと、原告らが原告ら代理人に訴訟を委任したことを認め、その余は知らない。

(主張)

本件事故は、次のような経過により正栄丸の一方的過失により惹起されたものである。

(1) 原告正男及び政成は、操業免許区域における伊勢湾内での漁獲が思わしくないので、免許区域外で夜陰に乗じて密漁することを企て、正栄丸に乗船して、船舶交通の輻輳する本件事故現場である布施田水道東口の航路筋内に至つた。

(2) 正栄丸は、右同所において、海上衝突予防法の規定によつて点灯することを義務づけられた航海灯を消し、機関を運転中(クラッチは、ニュートラル)で、クラッチを入れることにより高速で航走できる状態で停止漂泊し、魚群探知器により魚群の存在を知り、投網するかどうかを検討していた。

(3) 折柄、布施田水道通峡のため航路筋を航行中の進宏丸が、正栄丸を避けて変針回頭中、両船が無難に航過できる状態であつたのに、正栄丸において、クラッチを後進に入れて高速で進宏丸の前路に向けて進出した過失により、本件事故が発生した。換言すれば、正栄丸の右過失がなければ本件事故は発生しなかつた。

(4) なお、被告義勝に対する高知地方裁判所中村支部昭和五五年(わ)第二五号業務上過失往来妨害、業務上過失致死傷被告事件について、同五六年三月一八日無罪判決が言渡され、確定している。

三  原告ら代理人は、被告らの主張について、(1)記載の事実を否認し、仮りに、正栄丸が本件現場にいた目的が密漁であつたとしても、本件事故の原因とは関係がない、(3)記載の事実のうち、仮りに正栄丸の後進が、本件事故の一因であつたとしても、被告小野に過失があつたことを免れるものではない、と述べた。

第三  証拠〈省略〉

理由

一事故の発生について

本件事故の発生それ自体及び本件事故により政成が死亡したものと認められたことについては、当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件事故の当事船舶は、機船進宏丸と漁船正栄丸である。

(進宏丸)

船籍港 高知県幡多郡大月町

船舶所有者 被告小野海運

総トン数 491.51トン

全長 55.81メートル

機関の種類・馬力 ディーゼル機関・一二〇〇馬力

その他 船尾船橋型の鋼鉄製貨物船(正栄丸)

主たる根拠地 三重県一志郡香良洲町

船舶所有者 原告正男

総トン数 9.55トン

機関の種類・馬力 ディーゼル機関・六五馬力(漁船法馬力数)

その他 FRP製漁船

2  進宏丸は、昭和五三年一二月六日午後九時茨城県鹿島港から、ステンレス・スクラップ約一〇〇〇トンを積載して和歌山県下津港に向かつていたが、翌七日午後一一時二五分ころ、被告義勝(船長)は、同船の一等航海士訴外谷岡源太郎と交替して、自ら運航の指揮に当たり、同三六分ごろ三重県大王埼沖を通過した後、布施田水道を通過すべく進路を設定した上、自動操舵とし、九ノット半の全速力で進行した。

3  正栄丸は、同月七日午後四時三〇分ころ三重県一志郡香良洲漁港から、伊勢湾において底びき網漁業をする目的で出発し、伊勢湾内の野間埼沖で操業したが不漁であつたため、政成は、かねて友人から依頼されていた釣り客に情報を提供するための大王埼沖の漁況調査をすることを思い立ち、同所から大王埼沖へ向かい、途中漁船利久丸と落合い、同船に案内を依頼し、漁況を調査しながら進行し、同一一時三〇分ころ、布施田水道東口に至り、同四五分ころ、その航路筋付近で機関を停止回転とし、船首をほぼ南南西に向けて漁況調査ないし漁のため漂泊した。この時、正栄丸には、船橋後壁から船尾端上方まで張出した竹ざおの先端及び中間にそれぞれ取付けた白色電球(六〇ワット)二個及び船橋室内灯(二〇ワット)を点灯したが、航海灯は点灯していなかつた。

4  被告義勝は、進宏丸で航海中同一一時五二分ころ、レーダーにより正栄丸の映像を認め、双眼鏡によりこれが白灯のみを掲げた船舶であることを知り、自動操舵を手動に切替え、自ら操舵し、一等航海士訴外谷岡及び甲板長訴外二神祐雄を見張りに当らせ、一一時五八分ころ、片田沖定置網南端標識灯(麦埼灯台から二五〇メートルの地点)を右舷側約三〇〇メートルに並航して針路を大長磯灯標が正面となるように変えたところ、正栄丸の灯火が進宏丸から約一海里前方に視認でき、同船が漂泊状態の小型漁船であることが分かつたが、被告義勝は、接近してから同船を避ければよいと思い、早目に同船から十分に遠ざかる進路とすることなく、同一針路のまま進行した。そして、被告義勝は、翌八日午前零時四分すぎころ、正栄丸が進宏丸の右舷首から約二五〇メートルの位置になつたところで、正栄丸を進宏丸の左舷側約六〇メートル隔てて航過しようとして操船信号を行わないまま右舵(舵角約一〇度)をとつたが、同五分ころ、正栄丸が進宏丸の船首方向へ移動し始めたので、衝突の危険を感じ、急いで左舵一杯にとり機関を後進にかけたが、奏効せず、三重県志摩郡志摩町片田所在麦埼灯台から真方位一九〇度、約0.9海里先の海上で、進宏丸の船首部が、正栄丸の船首が南西に向いたとき、正栄丸の左舷中央部にほぼ直角の形で衝突した。

5  政成及び原告正男は、正栄丸で漂泊中、来航する進宏丸の灯火を認めたが、自船の船首方向を航過するものと思い、特に見張りをすることもなかつたため、進宏丸が転針して自船の方向に進路をとつて次第に接近していることに気づかず、警告信号も行うことなく漂泊を続けていたところ、八日午前零時四分半ころ、左舷側約一五〇メートルに迫つた進宏丸を認めて衝突を避けるため、政成が同船の動静を確めないまま急ぎ機関を全速力後進にかけたため、前示4のとおり衝突した。

6  衝突の衝撃により政成及び原告正男は、正栄丸から海上に投出され、正栄丸は、再度進宏丸の右舷後部に衝突した後、同五時ころ、片田沖定置網に引掛り転覆した。そして、本件事故の結果、進宏丸は、船首部に擦過傷と右舷側後部外板に小凹傷を生じたのみであつたが、正栄丸は、左舷側中央部外板を破損し(転覆した船体は香良洲港に引上げられ修理された。)、原告正男は救助されたが、政成は行方不明となり、後に死亡と認定された。

7  本件事故現場である布施田水道東口は、通航船舶の多い場所であり、事故当時の天候は晴で、風力二の北西風が吹き、潮候はほぼ高潮時で、視界は良好であつた。

以上の事実が認められ、原告らは、正栄丸が本件事故現場に漂泊していたのは、専ら漁況調査のためであると主張し、〈証拠〉中には、同主張に沿う部分もあるが、〈証拠〉によると、原告正男及び亡政成としては、漁況調査が中心ではあるが、魚がおれば漁もするとの意図の下に、正栄丸において、本件事故現場に漂泊していたものと認められ、右原告らの主張はにわかに採用できないし、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

二責任原因について

1  被告義勝の責任

(1)  被告義勝が、進宏丸の船長であり、同船を操船していたことは当事者間に争いがない。

(2) 右争いのない事実と前記一で認定した事実によると、本件事故は、正栄丸が、布施田水道東口の航路筋付近で漂泊中、政成及び原告正男の見張りが不十分で、接近する進宏丸に対して警告信号を発しなかつた上、衝突の危険を避ける措置が不適切であり進宏丸の前路に進出したこと、及び被告義勝が、進宏丸を操船して布施田水道に向け西行中、前路に航海灯を掲げないで漂泊する正栄丸の白灯を認めたのに、早期に同船から十分に遠ざかる進路をとることなく、著しく同船に接近して初めて避航の措置をとつたことが競合した結果発生したものであると認められるところ、夜間、通航船舶の多い海上を運航する際、進路方向に漂泊する他船を認めた場合には、衝突する危険性も予測されるから、被告義勝には、進宏丸を操船して布施田水道に向け西行中、前路方向に航海灯を掲げないで漂泊する他船を認めながら進行するにあたり、早期に同船から十分に遠ざかる進路をとらなければならない注意義務があつたものといわなければならない(海上衝突予防法一六条参照)。

ところが、被告義勝は、前示認定のとおり、夜間、進宏丸を操船して通航船舶の多い布施田水道に向け西行中、前路に航海灯を掲げないで漂泊する正栄丸の白灯を認めながら、早期に同船から十分に遠ざかる進路をとることなく、著しく接近するまで避航の措置をとらなかつたことにより、本件事故を惹起するに至つたものであるから、被告義勝には、早期に前路に漂泊する正栄丸から十分に遠ざかる進路をとらなかつた過失があつたものといわなければならない。

したがつて、被告義勝には、民法七〇九条により、本件事故によつて原告らが被つた損害を賠償する責任がある。

(3)  ところで、被告らは、事実欄二の(主張)欄記載のとおり、本件事故は、正栄丸の一方的過失により惹起されたものである旨主張するので、この点を考えるに、前記第一号証によると、被告義勝に対する高知地方裁判所中村支部昭和五五年(わ)第二五号業務上過失往来妨害、業務上過失致死傷被告事件判決においては、正栄丸の事故直前の後進がなければ、被告義勝が、進宏丸の右舵(約一〇度転舵)をとつたことにより、正栄丸と相当の距離をおいて安全に避航できる可能性が十分あつたこと、本件事故当時の現場付近の見通しが良好であり、進宏丸は航海灯を掲げていたこと、一般的に航行中の船舶の前方横切り行為は危険性の極めて高いものであること等に照らし、被告義勝には、進宏丸の前路約三〇〇メートルの位置に正栄丸を認めた場合、直ちに急停船すべき注意義務があつたものとまでは解せられないとされている。

また、前記乙第三号証によると、右刑事事件の公訴事実は、被告義勝の行為のうち進宏丸の前路約三〇〇メートルの位置に正栄丸を認めた場合、直ちに急停船しなかつた点を過失ととらえているのに対して、右判決は、前記理由により、急停船をする義務はないとしているものである。しかし、前記一で認定したとおり、被告義勝としては、進宏丸が、正栄丸に約三〇〇メートルの位置まで接近する以前に、正栄丸の灯火が進宏丸から視認できた約一海里離れた時点で、同船から十分に遠ざかる進路をとるべき注意義務があつたものというべきであり、さらに、これを怠つた過失が認められる。そして、また後記(4)において認定するとおり、政成の不適切な衝突回避措置により正栄丸が後進したことが、本件事故の一因となつていることも明らかである。もつとも、このことによつて、被告義勝の右過失が不問に付されることにはならないものといわなければならない。

したがつて、被告ら主張の、本件事故の発生は原告らの一方的過失によるもので、被告義勝(進宏丸側)には何ら過失がない旨の主張は、理由がない。

(4)  (過失相殺)

政成及び原告正男も、夜間、正栄丸を操船する者として通航船舶の多い布施水道東口の航路筋付近で漂泊する場合には、航海灯を点灯し、見張りを十分して接近してくる他船に対して警告信号を発し、又は衝突の危険を避けるため適切な措置をとるべきものであつたところ、前記一で認定したとおり、政成及び原告正男は、正栄丸につき竹ざをに取付けた二個の白色電球(六〇ワット)と船橋室内灯(二〇ワット)のほか、航海灯を点灯せず、接近する船舶に対する見張りも不十分で警告信号も発せず、衝突の危険を避ける措置をとる意図の下に正栄丸が後進して、かえつて進宏丸の前路に進出した結果、本件事故に遭遇したものと認められるから、右の点について、同人らにも本件事故の発生に関して過失があつたものといわなければならない。そして、右政成及び原告正男の過失のほか、前記(2)で認定した被告義勝の過失の内容、程度、進宏丸と正栄丸との間の型式の差異、本件事故の態様等諸般の事情を勘案すると、本件事故発生についての、原告側の過失割合は、五割とすることが相当であると認められる。

2  被告海洋産業の責任

請求原因2の(三)の(1)記載の事実は、当事者間に争いがなく、この事実及び前記一において認定した事実によると、本件事故は、被告海洋産業が進宏丸を運航、利用中に、前記二の1の(2)において認定したとおり、被告義勝の過失により発生したものである。

ところで、定期傭船契約は、船舶賃貸借契約及び労務供給契約との混合契約であると解するを相当とするところ、前記認定のとおり本件事故は、被告海洋産業が進宏丸を運航、利用中に被告義勝の過失によつて発生したものであるから、被告海洋産業は、進宏丸の船舶賃借人として、商法七〇四条一項により、本件事故によつて原告らが破つた損害を賠償する責任がある。

3  被告小野海運の責任

請求原因2の(二)の(1)記載の事実は、当事者間に争いがなく、被告義勝は、前記1の(2)において判示したとおりの過失によつて本件事故を惹起したものである。そこで、原告らは、被告小野海運が船舶の所有者であるから商法六九〇条により本件事故につき損害賠償の責任を負うと主張するので、この点を考えるに、右の規定は、海上運送企業主体の責任を定めるものであるから、同条にいう船舶所有者とは、単に、船舶の所有権を有する者を指すのではなく、所有船舶を自ら海上運送企業をなす目的で航海の用に供する者をいうのであつて、船舶を他に賃貸した場合にはその貸借人が海上運送企業主体としての地位に基き、その船舶の利用について生じた権利義務を負うものであると解される(商法七〇四条一項参照)ところ、右事実及び前記2において認定したとおりの事実によると、被告小野海運が進宏丸の所有者であり、同海洋産業がその船舶貸借人であるから、かかる場合には、船舶賃借人である被告海洋産業が海上運送企業の主体となるので、同小野海運は責任主体とはならないものと解するのが相当である。そうすると、被告小野海運には、本件事故によつて原告らが被つた損害を賠償する責任はないものといわねばならない。

四損害について

1  政成の遭難・死亡に関する損害

(一)  政成の逸失利益

(1) 〈証拠〉に弁論の全趣旨をも併せ考えると、政成は、事故当時二七才で、原告正男の所有する正栄丸に乗組み漁業に従事し、香良洲漁業協同組合に関する正栄丸と同程度の漁船における船主と乗組員との水揚利益配分の平均である水揚利益の三分の一を得ており、その年間収入は、少くとも二七八万七九六〇円以上であることが認められ、同人は本件事故に遭わなければ六七才までなお四〇年間就労することが可能であり(原告ら代理人らは、政成は七〇才まで稼働することが可能であると主張し、原告正男本人尋問の結果中には、これに沿う供述部分もあるがにわかに採用できない。)、その間少くとも一か年当たり右金額と同程度の収入を得ることができたはずであり、また、その生活費は収入の四五パーセント程度と考えられるから、政成の死亡による逸失利益を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利益を控除して算定すると、次のとおり三三一八万六二八七円(円未満四捨五入する。以下同じ。)となる。

(算式)

278万7960×0.55×21.6426=3318万6287円

(2) 原告正男が、政成の父であり、同ヒサエが同人の母であることについては当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると政成には他に相続人がいないものと認められるから、原告らは、右政成の逸失利益相当額の損害賠償請求権を法定相続分に従いそれぞれ(原告正男、同ヒサエいずれも二分の一であるから、各一六五九万三一四四円となる。)相続により取得したものと認められる。

(二)  葬儀費用

〈証拠〉によると、原告正男は政成の葬儀をとり行い、葬儀費及びその関連費用を併せ合計一〇二万円を支出したことが認められるところ、政成の年令、社会的地位、身分関係その他諸般の事情を併せ考えた上、経験則に照らすと、本件事故と相当因果関係のある損害と認められる葬儀関係費用の額は、五〇万円とするのが相当である。

(三)  慰謝料

本件事故の態様、その結果、政成の年令、その家族構成その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、原告両名が政成の死亡に伴う精神的苦痛を慰謝するには、亡政成の相続分金六〇〇万円(従つて、原告両名各三〇〇万円宛)、原告両名固有の慰謝料各二〇〇万円とするのが相当である。

(四)  捜索救助費用等

〈証拠〉によると、原告正男は、政成の救助捜索作業に参加した香良洲漁業協同組合及び片田漁業協同組合に各所属する船舶の費用、船員の費用、バス代等として一二三万三六九〇円を、転覆した正栄丸の船体復原曳航の作業に要した費用として九〇万二〇二二円をそれぞれ支出したことが認められ、これらは、本件事故と相当因果関係のある損害とするのが相当である。

2  正栄丸の破損に関する損害

(一)  物損

前記一で認定した事実によると、正栄丸は、本件事故により左舷側中央部外板を破損し、転覆したものであるが、右事実と〈証拠〉弁論の全趣旨をも併せ考えると、原告正男は、正栄丸の船体修理に要した費用として二八六万四五二〇円を、ディーゼルエンジンの購入、換装に要した費用として、水没したエンジンの下取り金額と差引きして六四九万四〇〇〇円をそれぞれ支払い、レーダー一式、無線機二式及び魚群探知機二式の属具類(計三一三万円)を、保冷箱五個、豆板網二統、酸素ポンプ一台、ワイヤ一式及び工具一式の漁具類(計三三万六〇〇〇円)をいずれも失つたことが認められ、船体修理費、喪失した漁具類の価値はもとより、ディーゼルエンジン、属具類についても正栄丸が転覆、水没したことにより修理不能の状態になつたものであり、原告正男が、本件事故を契機に不当に利得を得ようとする意図があつたものとも窺われないから、これらの購入費用等も、本件事故と相当因果関係のある損害とするのが相当である。

(二)  休業損害

〈証拠〉によると、原告正男が、正栄丸に乗組み漁業に従事して得る一日当たりの操業利益(水揚高から必要経費及び政成に対する手当を控除したもの)は、一万六三五二円であると認められ、さらに、本件事故により、同人は、本件事故の日である昭和五三年一二月八日から正栄丸の修理が完成し引渡しを受けた同五四年四月二二日までの一三六日間休業を余儀なくされたものと認められるから、二二二万三八七二円は、本件事故と相当因果関係のある損害とするのが相当である。

3  小計

以上、損害額を小計すると、原告正男は、右1の(一)の(2)、(二)ないし(四)、(2)の(一)、(二)の合計額三九二七万七二四八円に、前記二の1の(4)で認めたとおり、本件事故の発生につき、原告側に五割の過失割合があるから、原告正男の損害の算定に当つては、その五割を過失相殺として減ずるのが相当であるところ、右金額に五割の過失相殺をすると一九六三万八六二四円の損害賠償請求権を有していることとなり、同ヒサエは、右1の(一)の(2)、(三)の合計額二一五九万三一四四円、前同様五割の過失相殺をすると一〇七九万六五七二円の損害賠償請求権を有していることになる。

4  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の額は、原告正男につき一五五万円、同ヒサエにつき九五万円とするのが相当である。

五結論

以上のとおりであるから、本件損害賠償として、被告海洋産業及び同義勝は、各自、原告正男に対し、金二一一八万八六二四円及び弁護士費用を除く金一九六三万八六二四円に対する本件事故の日である昭和五三年一二月八日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、同ヒサエに対し、金一一七四万六五七二円及び弁護士費用を除く金一〇七九万六五七二円に対する同日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、各支払義務があるから、原告らの被告海洋産業及び同義勝に対する本訴請求は右の限度でそれぞれ理由があるのでその限度で正当としてこれを認容し、原告らの被告小野海運に対する請求並びに被告海洋産業及び同義勝に対するその余の請求はいずれも理由がないので失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条但書、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(弓削孟 加藤新太郎 吉川愼一)

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